和田円覚院墓

種別
記念物(史跡) 
内容
員数
寸法
高さ107cm×幅19cm
製作年
元和7年(1621)、江戸時代
所在地
姶良市加治木町小山田321
所蔵者
個人
管理者
指定年
昭和42年1月18日
解説
和田円覚院は、島津義弘に仕えた山伏で、義弘が飯野城(えびの市)にいる頃、敵である日向伊東氏の様子を探らせた。しかし、敵方にとらわれ拷問を受けたが、正確な情報を伝えることができ、戦を有利に導いた。そのため義弘は米30石と宝刀を与えてその功績をたたえた。その後、円覚院は蒲生へ移され、蒲生城の守備につき、慶長12年(1607)義弘が加治木に移住の際、円覚院は先発として加治木城内に移り住んだ一人といわれている。元和7年(1621)5月6日、城内の屋敷で亡くなった。円覚院墓のとなりにある墓も、先発として一緒に移り住んだ貴島千左衛門の墓といわれている。
和田 円覚院 貴島
円覚院墓全景 円覚院墓碑名(法印権大僧都円覚院) 貴島千左衛門墓