島津義弘居館跡石垣

種別
記念物(史跡) 
内容
居館跡
員数
寸法
東西69m×南北69m×高さ約3m
製作年
文禄4年(1595)
所在地
姶良市鍋倉 稲荷神社
所蔵者
帖佐稲荷神社、姶良市(花園寺跡)
管理者
帖佐稲荷神社、姶良市(花園寺跡)
指定年
昭和38年9月
解説
島津義弘は文禄4年(1595)に栗野松尾城から帖佐のこの地へ移り屋形を造営した。家老新納旅庵が工事監督をし、石垣石を近くの岩の嶽(湯湾岳)から運んだという。義弘は慶長11年(1606)平松に移るまでの間この屋形に住んだ。その後館には、島津豊後守久賀・御屋地様・島津忠広などが居住したという。南側石垣は道路を隔てて当時は西側の花園寺側まで延びていた。石垣の東南角は崩落のため昭和60年積み替えられた。
義弘居館跡大手口 羽織掛石_edited-1 割石用ノミ跡 居館跡石垣 出水麓仮屋門
居館跡大手口(階段は推定復元) 羽織掛け石(鏡石) 割石用ノミ穴跡 稲荷神社鳥居(昭和15年か) 移築先の出水麓仮屋門(出水小学校)
データ データ
帖佐館跡見取図 帖佐屋形跡石垣実測図